手書き文字の優位性

デジタル化が進む昨今でありながら、日本では現在も多くのシステム(広い意味での手続き全般)が手書きです。

平成を越えて令和の時代になった今でも、郵送やFAXを使って手書きの書類を送るのはよくあることです。

そうなるのは単に日本人がコンピュータに弱いと言うことではなくて、日本語には必ずしもコンピュータでの入力が適しているとは言えないケースがあるからです。

  1. タイプ数がペンによる画数を上回るケース
  2. 字体が特殊なために漢字変換が困難なケース
  3. 同音異義語が多く誤変換が多発するケース
  4. 字の癖が証拠(署名)として機能するケース
  5. コンピュータや電力が確保できないケース

日本の行政や様々な業務系システムの中で、デジタル化を推進すべきとの声は常にあるのですが、上記の問題の対処のためには手書きの方が優位です。

まず1.のケースですが例えば「人」という字を書く時、PCでこれをローマ字入力するには h・i・t・o の4つのキーを打つ必要があります。かな入力なら2つ、スマホなどフリック入力では は← た↓の2ストロークで、さらに漢字変換する操作が必要です。

これはペンで2画の線を引くことに比べると決して効率的とは言えません。

画数が多い漢字になると手書きよりもキー入力の方が効率的ですが、ごく普通の文章を書く場合については 難しい文字は単に ひらがなやカタカナで代用すれば良く、これは あまり障害には なりません。

問題になるのは勝手にひらがなで代用してはいけないケース、つまり人名や地名など固有名詞です。

日本の地名や人名には 常用漢字には含まれていない複雑な難読漢字がたくさんあります。

パソコンの漢字変換の仕組みでは、基本的に辞書に登録された ひらがなから変換をかけます。したがって辞書にない異体字や旧字体の漢字を出すには あらかじめ自分で辞書を作成するか、特殊なソフトが必要になります。

また3に挙げたように、一部の漢字は極端に同音が多く、漢字変換時に頻繁に選択肢を行き来させられる語句があります。

河合と川合(カワイ)、山本と山元(ヤマモト)、永田と長田(ナガタ)、などと言った具合です。

キーボードのキー配列は固定されているため、練習を繰り返せばどんどん速くなりますが、漢字変換に関しては練習してもあまり速くなりません。使用頻度が同程度で同じ品詞の単語では候補として表示される順序や位置が入れ替わるためキーを何回 押せば良いかが事前に予測不能だからです。

特に会社など組織で共同で使用する端末については、勝手に辞書をいじったりソフトを追加することが許されていないケースもあるでしょう。そうなると名前や住所を登録する作業は非常に面倒です。

4.は、例えば契約書などの類で自署を求められるケースが ありますが、文字の癖はある程度本人が書いたことを証明する効果があり、他人のなりすましによる署名を防ぐ意味があります。

電子的な文字入力は誰が書いてもほとんど同じです。コピーすることが簡単にできてしまうため、他人によるなりすましが簡単にできてしまいます。

5は、確かにある種の環境、たとえば災害などが発生した場合には、電力が不足してシステムが利用困難になるケースが考えられます。

手書きがどうしても残ってしまうのは ある程度やむを得ない部分もあるかもしれません。

手書きから卒業するには

上記の問題点は、いくつかについては改善の兆しがあります。

例えば署名としての役割は、ブロックチェーンの技術などが考えられます。

ブロックチェーンはビットコインで有名になった技術ですが、ネットワークを通じで複数人で暗号化したデータを持ち合うことによって取引の正統性を証明する技術です。情報の改ざんや なりすましはシステムによって検知することができます。

また5については、電力が無い状態は どうしようもないのですが、コンピュータに登録されたデータは簡単にコピーができるという特性を活かし、インターネットなどを使って全国の複数のシステムに分散してデータのバックアップを置くことができるという点が挙げられます。

仮に ある拠点が災害によって電力を喪失しても、別の場所が無事ならシステムとしては引き続き稼働が可能です。紙文書では火災などがあれば焼失するリスクがありますが、複数拠点で分散して持てばこのリスクは無くなります。実は災害には使い方次第では電子化が優位になるのです。

またスマートフォンでもモバイルバッテリーなど予備電力を用意したり電力喪失を防ぐ手段は次々と登場しています。

最後の壁は日本人のノスタルジー

上記のようにシステム的な課題については近年ではかなり改善しつつあります。

しかし、それでも特に日本語を使う環境においては、簡単には手書きを超えることができません。

地名や人名には特別な思い入れがあり、非効率だからといって なかなか簡単には その文字を無くすことはできません。特に人名の苗字については親から授かったもので 自ら設定したものでは無く、それを批判することは下手をするとその人のルーツ・人格を否定することにもつながりかねません。

ヤマザキ(またはヤマサキ)という字には、山崎山﨑 の2つの字体が用いられてます。パッと見ただけでは分かりませんが、右上部分がなのかなのかが違っています。

これをコンピュータで漢字変換すると どちらも読みが同じなため、人名漢字に知識がないと、間違って選んでいても気づかず見逃してしまいます。

おまけにフリガナについてもか複数のパターンが存在しています。

他人がこれを間違わずに入力しようとすると、一字一字を かなり慎重に確認しなければなりません。間違われても気にしない人もいますが、中には失礼だと怒る人もいます。

本人に装置で入力してもらうにしても、の字は使用するシステムによっては文字化けを起こす可能性がある機種依存文字に該当し、全てのシステムで問題なく扱えるわけではありません。これを利用者に理解させるのは骨の折れる業務です。

そのためトラブルを防ぐには字を知っている本人に紙に手書きさせ、それをそのままコピーして使うのが一番良いというところに帰結してしまうのです。

これを回避するにはひとつは技術的にはカナの振り直しをすれば問題は多少改善します。

つまりはザキではサキである、といった具合です。

これをすると、漢字の書き間違いと読み間違い、さらに変換ミスも減ることになり、業務効率がアップします。(浸透するのに相応の時間はかかりますが)

そうすると自分がヤマサキであると考えるが漢字が山﨑の人は、文字を変えるか読み方を変えるか どちらかを選択することになります。

もちろん当て字としてそのまま残す選択もありますが、特異な読み方をする人という変わり者扱いされるかもしれません。

もしかすると分かりやすさ、覚えやすさで言えばの字はサキ(山=サン・奇=キ→ サンキ → サキ)にし、の字は いっそ「タチサキ」などとカナを振ってしまうというのも良いかもしれません。

そこまでされると山﨑さんはヤマタチサキさんになってしまいます。

上記は かなり強引でケシカラん やり方ですが、過去の日本を見ればこの手の改定は珍しくはありません。

そもそもほとんどの日本人はもともと姓を持っておらず、どこかで譲り受けたか自分から勝手に名付けたものです。

それ以外では戦乱などで敵から逃げるために名前を変えて隠れ住んだり、外国籍の人が日本に来た時に日本式の文字を当てたケースなど、元を辿っていけば自分で改名したようなケースもあるでしょう。これは当人の意思で設定したものです。

日本の姓の問題は、その主な仕組みが居住地・職業・身分と結びついていたということにあります。

つまり農民であれば田中さんとか上田さんとか、田を耕すことが仕事であり、そこに住む人であるという身分と職業を意識したものであり、それと同時に子孫は代々その土地と身分、職業を継承するものという前提が裏にあります。

かつてのように封建制度の世の中ではそのルールは合理的であっても、現代のように憲法や人権意識で移動の自由、居住地の自由、職業選択の自由、結婚の自由が認められた社会では、先祖が持つ姓と当人の現在の振る舞いは一致しないケースが多いでしょう。

親が持つ名をそのまま用いることと、その精神を受け継ぐことは違います。先祖が もし自分の住む場所を理由に自らの姓を決めたものであって、その精神を受け継ぐのならば、もしその後の先祖の誰かが移住をしているならば 同じ姓のままであるのは 奇妙な話です。

要するに、利便性を考えて字体を変えたり読みを変更するということは、何ら批判されるようなものでもなく、むしろ他の人に覚えてもらったり書きやすくなるということで言えば賞賛されても良いことです。

地名のケースはもっと柔軟です。

大阪という地名は昔は大坂という字があったのが、ある時から大阪へと変わりました。これは「土に反る(返る)」=死を意味するとか「武が謀を起こす」とか縁起が悪いので「里に反る」の阪へと変わったなどと言われます。

このあたりはどちらかというと政治の問題で、為政者によるゲン担ぎやブランド戦略、住民の意思の問題ですが、掘り返していけば変更の歴史は いくつでも あるものです。

難しい固有名詞を守り続けて情報流通を妨げていては、文字を残して人を滅ぼしてしまいかねないのです。

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