「金」とは何か

日本語において「金」の文字は、一字で複数の意味を持つ同字異音異議語です。

  1. お金 (おかね/ Money)
  2. 金属の種別でいうゴールド(Gold)。きん。
  3. 金属全般。かね。かなもの。(Metal)
  4. 金メダル・金賞などの略
  5. 金(人名)

最後の “人名” は 中国人を思い浮かべる方が多いかもしれませんが そうとも言えません。いまではちょっと珍しいですが、たとえば時代劇の “遠山の金さん” こと 遠山金四郎 のように、日本人の中にも名前の一部にこの字が使われるケースは少なくありません。こういう人たちは愛称として「金さん」や「金ちゃん」と 呼ばれます。童話として一般的な “金太郎” もいます。もちろん苗字が “金本” とか “金城” のような名前の人もいて、そのようなニックネームが つくこともあります。

これは上のリストの中では特殊な例に見えるかもしれませんが、広い意味では同じです。すなわち「最も優れたもの」という意味で名付けられた人物で、2,4と根本の考え方は一致しています。

しかし日本人はこのという文字をいろいろ転化させてきたうちに、もはや元の意味が喪失しています。

実はという文字は、最も優れたものということには ならないからです。

も、よく文字を見れば すべて「金偏」(かねへん) です。

つまり 3の「金属全般」が元来の意味としては もっとも正確です。

金だけが唯一混じったものがないという意味では最上位に見えるかもしれません。ですがこれは音読みした場合に限定されます。

日本語では もともと 金(Gold) は こがね と言います。

銀はしろがね、銅は あかがね 鉄は くろがね と言います。

平安時代や鎌倉時代くらいまででは ひらがなで そのように書かれた例が見られ、つまりそのまま日本人の感性に基づいて漢字にすれば 黄金こがね白金しろがね赤金あかがね黒金くろがね であるべきなのです。

「キャッシュレス」決済は「金」を変えるか

「金」の意味が変質したのには様々な理由が考えられますが、もっとも有力なのはそれは貨幣としての意義です。

太古の昔、貨幣としての役割を持っていたのは貝殻であったと言います。

そのルーツは今でも幣・物・産など、漢字に「貝」を含んでいることなどに見て取れます。

大昔には重い上に超高温に加熱しなければ加工できない金属は便利ではなく、このころの取引は物々交換が基本です。しかし段々と武器や防具などのために硬い金属の加工技術は民族を守るために重要な技術となっていきます。

10世紀あたりの中国や日本では 銅銭などが使われていましたが、その加工の容易さから混ぜ物をしたり偽物(ニセモノ)が出回るようになります。その問題を回避するためにさらに稀少性があり、変形しにくく保存性に優れ、かつ比重が高く重さを天秤で測ることで偽物を見つけられるという特性から、やがて「金(Gold)」が地位を持つようになりました。

とはいえ物質的にあまり数が無いために世界中に配布するようなことはできず、それよりも下位の銀貨や銅銭も一定の価値を持ち続けることになり、金・銀・銅が その優劣関係を持ちつつも日本語では まとめて「銭(ゼニ)」と呼ばれました。

それが次第にもっと文字で書きやすく、ある種の遠回しの表現としても使いやすい、「金(カネ)」と称されるようになります。

現在「金(カネ)」は もう少し丁寧ていねいな言い回しの「お金(オカネ)」という言い方が最もよく耳にしますが、この単語は実は色々と変遷しながら生まれた言葉です。

ここまでが単語として「お金」が誕生するまでです。

さて、昨今ではこの「お金」に異変が起きています。

もともとかなり古い時代から、土地や大型の船舶など金額が大きすぎて金属で一括で交換するのが簡単でない取引については、手形や小切手のようなものが使われていました。しかしこれにはニセモノが流通しないように筆跡の鑑定が必要だったり、支払い側が逃亡したりしないように人質をとったり、一定の信用や別の仕組みで担保が必要です。つまり庶民の日常の決済には適しません。

日本においては、一般の日頃の買い物などでちょっと大きな取引には紙幣が用いられていますが、これにはニセ札対策というコストがかかります。

ニセモノが流通すれば一気に価値を失いますから、様々な科学的な仕組みでコピーできないように細工されているのです。

日常的に使用する支払い手段としては やはり硬貨が通貨としては最もよく流通しています。

これはたくさん運ぶには不便ですが、コピーを作るにはそれなりの設備が必要で、その不正のコストが得られる利益に見合わないため犯罪が成立しないというところに意味があります。

電子決済で一番古いのはクレジットカードですが、これはデータのコピーやシステムの制御、通信のためのコストなどがかかっていました。そのためあまりにも小額な取引が頻繁に行われると利益とコストが合わないため、普及できませんでした。

しかし、だんだんとシステムの開発やネットワークの通信コストが安価となってきたことなどを理由に、2010年以降に様々な「お金」を使わない支払いが普及してきています。

また何かを買ったことが記録として残るため、不正な取引や脱税などを防ぐなど管理上のメリットがあることもだんだんと見えてきました。

このあたりから世の「キャッシュレス化」推進の空気が醸成されてきます。

“キャッシュ”(cash)とは日本語で“現金”という単語に当たり、それにless(無し)の語を補ったものです。

ここから先はまだ結果が分かりませんが、一定のレベルまで普及することは間違い無いでしょう。

誰が触ったかわからない通貨と比べ、衛生面など具体的な利用するサイドのメリットもあります。

キャッシュは お金に取って代わるか

注目すべき点は、この「キャッシュ」というワードが どこまで伸びるかです。

テレビやその他の媒体でキャッシュレスという単語が宣伝されて、一般人が日常的に使う 準日本語の地位を持つところまで行くかどうかです。

たとえば「カード」(card)という言葉は もともとは 紙切れ や 絵札 の ことで、「かるた」(carta)と同じ語源です。西洋文化といえば蘭学だったような江戸時代では「かるた」が使われていたものが、近代の日本語では英語の「カード」の方が利用される場面が多くなり、地位を奪い取りました。日本で英語が後から大陸由来の言葉を制した例は、珍しくはありません。

私たちが本当に使うべきだった言葉は、ではなくのほうです。を使うのは 時代の通過点であり、今や言葉としても道具としても時代遅れです。

一方でなら通貨、金貨、銀貨、硬貨、貨幣など、支払い手段を指す字としてはこちらの方が万能です。古代において通過の役割を果たしたの字も付いていて より深い伝統があります。

あるいは もしかしたら貨銭キャッシュとか書くべきかもしれません。
(カ)1字ではと紛らわしい弱い言葉になるからです。

画数は多いですが常用漢字の範囲内ですし、意味もすぐに分かります。

日本語で「キャッ」と読むのは もともと却下キャッカ脚光キャッコウなど「キャク」とも読む字がそうなるため、促音の「ッ」は省いて「キャシュ」とする方が誤解がありません。発音も2モーラ(2拍)となり「かね」と同じです。

は「キン」と読むと「菌」と同音衝突し、「カネ」と読むと「鐘」や、文によっては「兼ね」と衝突しますが、貨銭と書いて「キャシュ」とすると衝突する単語がありません。

既存の文字で「キャ」という音に対応する漢字は「華奢(きゃしゃ」」のくらいしかないのですが、華手とか華取とすると何か全く別のものに見えます。それよりかはの字を読み崩した方が分かりやすいです。「シュ」と銭では離れすぎていると感じるならば、貨手キャシュ貨取キャシュ貨紙キャシュ貨子キャシュなど他の候補も考えられます。

決済することを “支払い” とも言いますが、中国アリハバ社のアリペイなんかも “支付宝シーフウバオ” と言いますから、貨支キャシュなども良いかもしれません。

の字をフリガナ改定してキャと読むことにすると、“通貨” と “通過” が「ツウキャ」と「ツウカ」に区別可能になり、“金貨” と “金華”・“錦花” を「キンキャ」と「キンカ」で区別可能となるなど、利便性が高まります。

「お金」という言葉を用いる限り、われわれ日本人は決済手段が改まっても、心のどこかで「現金」志向から卒業できないままと言えます。

決済方法の変化を機に、この5つもの意味を持つ同字異音意義語が1つでも減れば素晴らしいです。

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