日本語のカナは基本50音によって構成されます。しかし外来語との兼ね合いから、現実には限界が来ています。
日本人が外国語の発音がうまくできないのも、カナの記法に人間の発音のメカニズムとの矛盾が多く、整理が中途半端だからです。
過去にも矢田部良吉・外山正一、多くの日本の教育者や学者らが カナ表記を廃絶して ローマ字化やフランス語・英語の公用語化などを唱えてきていました。
しかし日本人が日本のカナをそう簡単に捨てられるわけもなく、そのようなアイデアが出ても大抵は強い反発を受けて実現することはありませんでした。
先に動いたのは まず漢字の利用制限です。19世紀の末に かの福沢諭吉や学者らによって 国力増強のために提案されたものが、長い期間を かけた後に常用漢字として現代に定着しています。
地名や人名のような 固有名詞については 個人や民族的な思い入れが 強く 変更困難で 今でも生き永らえて いますが、日常的に 使用される 言葉で 読みづらい漢字は アート分野や 一部のマニアを除いては むやみに漢字を使用しないことが マナーとなっています。
それに対してカナは相変わらず、ひらがな50種と カタカナを合わせると100を超え、さらには濁点半濁点(゛
と゜
)や拗音(ゃ
ゅ
ょ
ぁ
ぃ
ぅ
ぇ
ぉ
)、長音(ー
)、促音(っ
)など、多種の文字を見分けないといけません。これは子供や外国人が 最初に日本語の読み書きを学ぶときの高いハードルとなります。
第二次世界大戦以前の識字率が高かったことから、日本では古いカナが今も温存されていますが、アジアで マレーシア・インドネシア・ヴェトナム などは植民地時代の影響が強く、ローマ字表記に近いものに移行しています。
ここでは折衷案として考えられる、ローマ字式カナづかいなる記法について考えてみます。完全な国字のローマ字化のような 極端な文字の廃絶ではなく、現在のカナの用法を活かした表記です。ローマ字が分からなくても読むことだけなら可能です。
ア a | イ i | ウ u | エ e | オ o |
クァ ka | クィ ki | クゥ ku | クェ ke | クォ ko |
スァ sa | スィ si | スゥ su | スェ se | スォ so |
トァ ta | トィ ti | トゥ tu | トェ te | トォ to |
ノァ na | ノィ ni | ノゥ nu | ノェ ne | ノォ no |
ホァ ha | ホィ hi | ホゥ hu | ホェ he | ホォ ho |
ムァ ma | ムィ mi | ムゥ mu | ムェ me | ムォ mo |
ユァ ya | ユゥ yu | ユォ yo | ||
ルァ ra | ルィ ri | ルゥ ru | ルェ re | ルォ ro |
ヲァ wa | ヲォ wo | |||
ン n |
この表は現在のカナの中から子音と母音を選出し、組み合わせることで一拍の音を表現するローマ字式のカナ表記法です。2文字が1文字分の大きさで書き表されることから、合字式仮名 というふうにも呼べます。
一見 かなり異様なものに見えるかもしれません。
しかし、日本人は江戸時代、鎌倉時代、平安時代と さかのぼれば 皆 様々にクセのある歴史的仮名遣いを用いていました。
現代の日本人が使っている仮名遣いも、昔の人からすれば おかしなもので、このような書き方に改めることがあっても何も驚くことはありません。
上記の表は、並べ方が違えど全てカナです。
濁点や拗音はありませんが、アイウエオクストノホムユルヲン
の、わずか15種類しかありません。濁点と半濁点を加えても17です。
言い換えると、我々日本人が使う日本語の50音というのは英語で使われる26文字をはるかに下回る17種の文字だけで表現可能な、質素な体系であるということの裏返しでもあります。
特に この中でもトゥ
は「トゥルー(True)」や「タトゥー(Tattoo)」などのカタカナ語で使用されており、また多少発音は異なりますが スィ
やクィ
もそれぞれ「スィーツ(Sweets)」や「クィーン(Queen)」などの語で使用されており、特別 新しいものではありません。
子音と母音を別の字で表わすのは、単に日本語の音素 すなわち(広義の)alphabet の粒度をそろえただけのことです。
そもそも カナの音素を細かく分けていくという対応は、“けふ” から「きょう」、“しませふ” を「しましょう」などと現代仮名遣いに改めたときから、すでに始まっていたことなのです。
半角カタカナ
字種として半角カタカナを用いていますが、これは 2字で1拍であるという 音の長さを示す効果があります。また現行の 昭和仮名遣い と見分けやすく するのに有用です。
通信できる電文データ量の制限が厳しかった 昔の携帯電話などでは よく使われていた文字種ですが、2010年以降のスマートフォンの普及後はあまり使われません。
Shift_JISなど古い文字コードでは 英数字と同じ1バイトでしたが、字種の増えたUnicodeでは2バイト(ア=FF71)、UTF-8に符号化すると3バイト(ア=EFBD81)を要するため、通信量を節約する効果が無くなったというのもあるでしょう。
しかし2017年あたりからはhttp 2 などの転送圧縮技術が一般化し、5G通信も広がりつつある今では 2バイトのロスは大した意味を持ちません。
これを使うことで新しいカナをゼロから開発せずとも、容易に転換できるメリットがあります。
ときどき「カタカナは角があって トゲトゲしく、ひらがなのほうが 丸みがあって やわらかく見える」という認識がありますが、これは誤解です。
カタカナを丸く書けないのは似た文字が多すぎるからで、削減するとその分だけ書き方の自由度が高まります。とくにカタカナのラ
・フ
・レ
を丸く書くと ひらがなのう
・つ
・し
と間違えられます。上記の表にはラ
もレ
もつ
も ありませんから、中性的にしても 見間違える心配が ありません。レ
が無くなればシ
やン
を崩して書きやすくなりますし、ラ
が無くなればテ
ヲ
チ
あたりを ゆるくできます。
拗音
上記のローマ字式カナ50音表には大切な要素、拗音が欠けています。
“客”(きゃく) や “尺”(しゃく) など、漢字を含む外来語を表すには拗音が必要です。
しかし2字を組み合わせたカナでは ちょっと工夫が必要です。
- 「kya」「sya」のように3つ繋げる
・・・クュァ
、スュァ
、またはクィァ
、スィァ
- 別のカナを用いる
・・・キァ
、シァ
ひとつめの方法はローマ字や他の外国語でもよく使われている方法で、口の形の変化をそのまま表した直感的な方法です。
単純にk
=ク
、ュ
=y
、ァ
=a
と 機械的に置き換えればよく、外国人にもフレンドリーな記述と言えるかもしれませんが、字数が増えて少し冗長です。
「冗長(じょうちょう)」のカナ表記が「ズュォウトュォウ
」ではごちゃごちゃして読みづらいです。
ローマ字でZyouTyou
と書くのと大して変わらないのですが、カタカナだと濁点もあり余計に読みづらいです。
それに対し、残ったカナを使う方法は かなり見かけがシンプルです。
ヤ行は およそ「イ」の舌の位置からアウエオの口形に移行しつつ発音すれば良いのですから、現行のイ段の字を活用すると読みやすくなります。そもそもキ
シ
ニ
はク
ス
ヌ
とは口蓋化で舌の位置が異なり 同じ子音ではないとも言いますから丁度よいとも言えます。
これを加えると以下のようになります。
ア a | イ i | ウ u | エ e | オ o |
クァ ka | クィ ki | クゥ ku | クェ ke | クォ ko |
キァ kya | キゥ kyu | キォ kyo | ||
スァ sa | スィ si | スゥ su | スェ se | スォ so |
シァ sha | シゥ shu | シェ she | シォ sho | |
トァ ta | トィ ti | トゥ tu | トェ te | トォ to |
チァ cha | チィ chi | チゥ chu | チェ che | チォ cho |
ツァ tsa | ツィ tsi | ツゥ tsu | ツェ tse | ツォ tso |
ノァ na | ノィ ni | ノゥ nu | ノェ ne | ノォ no |
ニァ nya | ニゥ nyu | ニォ nyo |
ホァ ha | ホィ hi | ホゥ hu | ホェ he | ホォ ho |
ヒァ hya | ヒゥ hyu | ヒォ hyo | ||
ファ fa | フィ fi | フゥ fu | フェ fe | フォ fo |
ムァ ma | ムィ mi | ムゥ mu | ムェ me | ムォ mo |
ミァ mya | ミゥ myu | ミォ myo | ||
ユァ ya | ユゥ yu | ユェ ye | ユォ yo | |
ルァ ra | ルィ ri | ルゥ ru | ルェ re | ルォ ro |
リァ rya | リゥ ryu | リォ ryo | ||
ヲァ wa | ヲィ wi | ヲェ we | ヲォ wo | |
ン n |
50音を書くのに使ったアイウエオクストノホムユルヲン
15種の文字に加え、キシチツニヒフミリ
の9種を加えて24文字です。ここに濁点、半濁点を加えると、26種の文字になります。
文字の数を半分に減らして、外来語の表記に使われる拗音も合わせることができました。
色をつけている部分は現在カタカナ語や 外国人の人名、一部の方言でのみ使用される発音・表記ですが、日本語にほぼ溶け込んでいるものです。
読み方はローマ字の方を参考にしていただければ そのままですが、見ての通りファ
やフィ
などは現在使われているものと同じです。
シャ
はシァ
、チャ
はチァ
となり、組み合わせ方は変わりますが文字数・画数は同じです。これで小さいャ
ュ
ョ
の文字は不要となります。
たとえば「ジョウチョウ」は ジォウチォウ
となり、さほど読む上で悩むことはありませんし、かつ文字数も変わりません。
上記の表で「ファ」に ついては「ドレミファソラシド」の4番目の音で使われる「ファイトのファ」で、幼稚園児でさえも使う発音です。こういった 基礎レベルの発音であるにもかかわらず 特殊なものであるかのように 追い出されていた音が、正統に表内に組み入れられることは大変に意義があります。「なぜ “ファ” だけが2文字なの?」という問いを根元から解決することができます。
ワ行とヤ行については、既存の中途半端な音を整理しています。
現状 wi
=ウィ
、wo
=ウォ
、ye
=イェ
のように、母音を2つ重ねる書き方がされますが、w
=ヲ
、y
=ユ
と子音を対応させるとヲィ
・ヲォ
・ユェ
として、これま五十音で欠けていた箇所に きれいに 収めることができます。
ここまで見て、この記法には次のようなメリットがあると まとめることができます。
- カナを用いているため、カナを知っていれば読むことはできる。
- おぼえる字の数を相当減らすことができる。
- 拗音が多いカタカナ語の横幅を小さく表示できる。
- 英字と1対1で対応するため、ローマ字入力との親和性が高い。
- 母音部分のみの削除修正が簡単にできる。(ta→te など)
- ァ=xaなど特殊な組み合わせが不要(子音に続く母音は常に小書き)
- かな入力を全廃し、統一できる。
- 従来のカタカナよりも複雑な音を組み立てられる。(二重母音・二重子音)
- 完全なローマ字と異なり日本語固有のルールを残せる。(並び順・活用形)
濁点・半濁点
日本語ではいくつかの子音は音を濁らせると言う考え方があり、濁点や半濁点を使って表します。
子音字 ( ク
ス
ト
ホ
)の 後ろに必ず小文字のァィゥェォ
が続くルールでは、ちょうど子音字の右肩に空白ができます。ここに濁点を入れると文字を潰さずに点を重ねることができます。
議会 → ク゛ィクァイ
語学 → ク゛ォク゛ァクゥ
時間 → ス゛ィクァン
お使いのコンピュータの文字設定によってはうまく表示されないかもしれませんので、画像にするとこのような形です。
コンピュータでこれを入力するのは 字詰めを 細かく調整する必要があり かなり手間ですが、これは単独の濁点゛
に そのようなネガティヴギャップを持たせたフォントがあれば 自動的に詰めて表示できるでしょう。
促音
現代かなづかい では「きっぷ」や「せっけい」のように、促音部分はっ
を用いて書くことになっています。
これを そのまま採用すると以下のようになります。
- せっけい → スェックェイ
- きっぷ → クィッホ゜ゥ
このっ
の文字は 日本語の歴史からすれば比較的浅いものです。関東由来の20世紀の標準日本語では「言って」や「勝って」など、促音便がよく使われますが、古典的な和語では「言ひし」のように、そのような文字は使いません。
っ
が必要になる多くは中国語で入声を伴う漢字を使う熟語が由来で、また和語ではチ・ツや、パ行やラ行が脱落したもので、必ずしもつ
にこだわる必要はありません。
たとえば “学校”(がっこう) の個別の漢字のカナは「がく」と「こう」ですし、“石工” は「せき」と「こう」です。
“設計” の個別のカナは「せつ・けい」となりますから意味がありますが、“切符” は「きり・ふ」ですから 最初からつ
なんて ありません。
ローマ字の場合、「きっぷ」は 「kippu」、「せっけい」は「sekkei」となります。「ぷ」や「け」の口の形をしたまま息を止めて発音すればいいので実態に即しています。また PCでのローマ字入力の際も同じキーを二度叩けば良いので指の移動がなく簡単です。
この考えを ローマ字式カナに当てはめると、次のようになります。
- せっけい → スェククェイ
- きっぷ → クィホホ゜ゥ
または次のように小書きカナ(ㇰㇲㇳㇴㇹㇺㇽ)を用いる方法も考えられます。
- せっけい → スェㇰクェイ
- きっぷ → クィㇹホ゜ゥ
濁音が付いた場合にそれも いっしょに連ねるかどうかは難しいところです。
PCでローマ字入力を使用していれば kihpu よりも kippu と打つ方が簡単で、これをカナに置き換えた際に ホ
か ポ
の どちらを出すのかと言う単にプログラムの設計の問題です。
しかし かな入力 や スマホの フリック入力 の場合、濁点は後で追加しますから、無い方が楽に入力できますし、手書きの場合も無い方が楽です。
文脈上判断可能な限りは 促音の前の濁点は省略可能とするのが都合がよさそうです。
ローマ字式カナづかい用キーボード配列
ローマ字式かなづかいでの 具体的なメリットの1つとして、コンピュータでの入力の効率化が挙げられます。
以下は、現行の日本語入力で主流とされる JISキーボード配列ですが、かな入力方式を用いた場合、カナ45種とさらに拗音がキーボード全面にゴチャゴチャしている上に、を
など Shiftキーを押さないと入力できない字もあります。
打鍵数は少なくなるものの、この配列を覚えるのが大変で、指の移動距離も多すぎるというのが、かな入力方式が 普及しない要因としてありますが、ローマ字式かなづかいでは どうでしょうか。
ローマ字入力に近い形でそのまま現行のキーボード配列に適用すると、およそ次のようなものが考えられます。現行のかな入力のキー配列よりも、キートップの印刷は圧倒的にシンプルになります。
濁点について、旧来のローマ字のとおり グ
=G、ズ
=Z、ド
=D、ボ
=B、ポ
=P のようにしても良いですが、濁点゛
キーを別途用意して後から追加するほうが使用するキーの数を減らすことができます。これにより、余るキーが出てくるので ここにヒ
ニ
ン
゙
゚
を収められます。
ジ
やヴ
も シ
+゛
、ウ
+゛
(もしくはフ
+゛
)で良いので J と V も余ります。
英語や他言語のアクセント記号などとは異なり、日本語の濁音は右上に付けるため、ク
+゛
のように後から濁点を付けるほうが自然です。このやり方はスマホの入力とも同じです。また濁点を もう一度打つことで消す機能を用意することもできます。
ただン
=G、ミ
=V とか ニ
=J というのは、ローマ字の発音に反するので分かりにくいです。
ン
は現状 nn と2つ打つことで出すこともできます。ただ、nn をン
とするやり方は、ン
で終わる漢字と母音で始まる語の多い日本語では実は非効率です。例えば “新年(しんねん=シンノェン)” と打つつもりが “新円(しんえん=シンエン)” とタイプミスになってしまう問題が有るので、ン
が独立している方が入力では便利でしょう。
「ミ」を必要とするのはmya(ミャ)の拗音の代替ですからムユ
と打つことでミ
に変形することも考えられます。他のキ
シ
チ
ニ
ヒ
も必須ではありませんが、効率化のためのキーとなります。たとえば “明朝” は myouchou (8字) から voucou (6字)、“社長” は shachou (7字) から xacou (5字) で良いので20〜30%程度 削減できます。
もう1つのやり方は、かな入力方式 に見られるように、Shiftキーを使って変化させる方法です。これは拗音用の文字を入力するのにも使えますし、外来語用の文字を打つ上でも役に立ちます。
Shiftキーを使って子音をスライドさせることにより、逆に濁点を含める場所ができます。くわえて、コ
ロ
ヅ
ヂ
ブ
(ヴ
)を 入れる余地が生まれます。 ロ
は英語の r や巻き舌、コ
は kw や q の合拗音をマークするのに使えます。ブ
はヴ
を廃止して用いると、母音に濁点という不自然な表記が不要になり、 f の有声音 v を表わすのに 適しています。先に挙げたものよりも複雑になりますが、自由度が高く 外来語と 融合した形式の日本語を吐き出すことができるでしょう。
「キァ」のために K, Y, A と 打つのと比べ、Shift+K, A と打つのは小指と人差し指を同時に落とすことで、わずかに早くなります。また表示される文字の数、発音上の拍の数が押し込むキーの数に一致するので、漢字変換の区切り字数を調節するにも 誤タイプを訂正するにも 同じ打数で 感覚的に操作ができます。
これでも S, X, V, J には まだ余裕があり、キーマップをいじればよく使う文字をカスタマイズもできるでしょう。多種多量の文字を入力する必要のある プロ向けの仕様と言えるかもしれません。
このような複数のキー配列を作ると混乱しますが、キートップに液晶で文字を直接表示可能なキーボードもありますから、設定によって切り替えられれば慣れるまで補助用として表示することも考えられるでしょう。
ここで挙げたものは、多く普及している PC用のキーボードを使いまわした場合の話ですが、プロの現場では左右2基に分割されたものや、持ち運びのためにもっと小型のものなどいろいろな形体があります。文字種が少なくなるということは、全体をコンパクト化したり、逆に余ったスペースの分だけキーを大きくするなど自由度が高くなります。
もちろん、今の かな入力方式を使用する人や、何らかの手指の障害等で 打鍵回数が少ないほうが好ましいなら、1キーで2字まとめて出力するようにソフトウェア側で調整すれば回数は増えません。
縦書き
日本語、中国語、韓国語のいわゆる CJK言語に特徴的な記法の縦書きですが、これはコンピュータの世界では かなり利用頻度が低いものとなってきています。
これは元々いま世の中に出回っているコンピュータの ほとんどが英語圏で開発されてきているため、縦書きを使うためには特別な専用ソフトを必要としたり面倒な設定を要する場合が多いせいです。
日本語は特に拗音のャ
ュ
ョ
、句読点、。
の位置が右上になったり、長音記号ー
、カッコ( )
の向きが変わるなど、文字ごとに専用の処理を必要とします。
とはいえ、文字を書く場所は、電柱や本の背表紙、しおりのようなものなど縦書きが使えると便利な場所はたくさんありますから、できないよりはできた方が便利です。
そこでローマ字式カナで これに対応するために、いくつかの考え方を示します。
1つは現在の英字のように、文字ごと全て90度回転してしまう方法で、もう1つはそのまま縦に置く方法です。しかし縦に置くといってもどのレベルで縦に置くのかは考え方がさらに分かれます。
トマト | キュウリ | スイカ畑 | |
---|---|---|---|
回転配置 | トォムァトォ |
キゥウルィ |
スイカ畑 |
全縦配置 | ト ォ ム ァ ト ォ |
キ ゥ ウ ル ィ |
ス ゥ イ ク ァ 畑 |
半縦配置 | トォ ムァ トォ |
キゥ ウ ルィ |
スゥ イ クァ 畑 |
このように実際に配置してみると、現在のカナのルールのまま全て縦に並べる全縦配置では、半角カタカナを使うと細長くてバランスがおかしくなります。
90度回転させると文字自体が読みにくくなる上、漢字とつなげた時に不自然です。
最後の形は一見気持ち悪いようですが、文字の大きさと しては現在の漢字と ほぼ同じで、切れ目がわかりやすい分、横書きより読みやすい感じさえあります。
また特にキュウリのような拗音を含む単語(チャーシュー・ティッシュ・キャッシュなど)は より小さなスペースで書くことができるようになります。
この記法を合字式と呼ぶ由縁は ここにあり、2字で1拍を とることが特に縦書きして明確になる所にあります。
今日「今日」はきょう
と書きますが、字音仮名遣いや歴史的仮名遣いではけふ
と書かれました。俳句や川柳のような世界では 五・七・五の拍数が重要ですから、きょう
の ような書き方では 拍数を ひと目で判断できず不便です。けふ
はその問題を解決しますが、発音が分かりにくくなるという欠点を持っています。
その点、キォ
として2字を1組に縦中横で書くと拍の数と一致するようになります。
母音の省略
一般に 日本語は っ
とん
を除く 全ての音に 母音がくっついて 1音1拍を 成すものとされますが、場所によっては 必ずしも 発声を伴わない場合があります。
これは母音の無声化と呼ばれる現象で、一定の条件が揃うと息は漏れていても声帯の振動を伴わない子音だけの状態になります。必ず起こるわけではありませんが、おおむね アクセントがなくローマ字にして k, s, t に挟まれた i, u が 脱落します。
- わたくし → watakushi → watakshi
- くつした → kutsushita → kutsushta
- うつくしい → utsukushi- → utskushi-
- おつかれ → otsukare → otskare
- そうですか → so-desuka → so-deska
「わたくし」などを例にすると、漢字で私
と書いて「わたし」と読んだりもしますから、もはや「く」が あるのと無いのとどちらが正しいやら定かではありませんが、仮に “ヲァトァクシ” なる表記で母音を省いた状態を示せるのであれば、その いづれでもない 中間の発音を表現することができます。
また古語表現では「行きて(ゆきて)」が現代共通語では「行って」と促音便で書きますが、これも ikite
→ ikte
のように 母音部分が 欠けたものと みることが できます。「行って」は「言って」と紛らわしいですが、「イキトェ」「イヒトェ」で区別すると、発音は少し難しいかもしれませんが、漢字変換はスムーズになると考えられます。
日本語の 普通の ローマ字では、必ず 母音を 書くことが 原則ですが、より英語風に 書く一部の 分野では その振る舞いは 顕著になります。
「クール ビズ」を もし英字仮名まじりで 書くなら「クールBiz」として 最後にuは 書かない 方が 自然ですし、「ディスる」の ような語は「disuる」より「disる」の 方がスマートです。
この考えを 踏襲するなら ローマ字式カナでは、境界で自明である場合は、母音を省くことが合理的でしょう。
- くるなら →
クゥルゥノァルァ
→クルゥノァルァ
- とる →
トォルゥ
→トルゥ
- する時 →
スゥルゥ時
→スルゥ時
ルゥ
のゥ
を省けないのは、「〜〜するおとこ」のように母音で始まる名詞に接続する場合に、スゥルオトォクォ
と「すろとこ」に なってしまうためです。この問題は分かち書きを使えば解決できますが、発音と ズレてしまうので良くありません。
それに日本語には五段活用という動詞の規則変化があり、とらない
/とります
/とる
/とれば
/とろう
のようになります。
ルゥ
からゥ
を省くとトルァノァイ
/トルィムァスゥ
/トル
/トルェ
/トルォウ
となって尚更難しくなります。ここを省くのは避けた方が良いでしょう。
そのほか英字の固有名詞をカタカナ書きする場合にも使用できます。
- Apple → アㇹポル (アップル)
- Google → ク゛ゥウグル (グーグル)
- Microsoft → ムァイクルォスォフト (マイクロソフト)
フ
はハ行(ハヒフヘホ = ホァ
ホィ
ホゥ
ホェ
ホォ
)の子音ではなく、ファ
フィ
フェ
フォ
の行 つまり f
を表す子音なので、“fly” “flow” “flex” “shift” “loft” など f
の直後に別の子音が来る単語では このような省略をすることで字幅をコンパクトに することが できます。
英語には “clean” “drive” “track” “blown” “global” のように二重子音を用いる単語が多く、ほかの言語にも多数の例がありますから、活用できる箇所は非常に多いと考えられます。
この省略のルールは、どのようなときに適用するか、少々わかりにくいかもしれません。これはちょうど「取り消し」が「取消」、「繰り返し」が「繰返し」と縮められるのと似ています。教科書的には 正しい送り仮名では ありませんが、一般に広く用いられています。
ほかに 広く口語表現に目を向けると、「そうですか」などは 近代的な言葉としては「そうっスか?」などとd音が飛んでしまうこともあります。関西方言では、「そうでっか?」のように s音の 消えた表現に出会います。「しません」が「しまへん」になるだとか、sが脱落したとおぼしき例が多数出てきます。
あるいは “埼玉県” の “埼玉” は「さきたま」と読みそうなところが「さいたま」となり、k音が脱落しています。“花が咲く” は 過去形になると “花が咲いた” となり、ここも k音が抜けます。
要は、日本語の細かい問題を いちいち見ていくと、どうしても母音と子音を 別々に 考えざるを得ないようなケースが 現実に多数存在しているということです。見えないふりをしても結局は どこかで行き詰まってしまうのです。
使用例
以下は宮澤賢治の漢字仮名交じり文の詩「雨ニモマケズ」の前半です。これをローマ字式カナづかい で 記したものを併記します。
右はローマ字ですが、いくつかの文字は対比として省略されています。
雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ 丈夫ナカラダヲモチ 慾ハナク 決シテ瞋ラズ イツモシヅカニワラッテヰル 一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベ アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ ヨクミキキシワカリ ソシテワスレズ 野原ノ松ノ林ノ蔭ノ 小サナ萓ブキノ小屋ニヰテ 東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ朿ヲ負ヒ 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイヽトイヒ 北ニケンクヮヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ ヒドリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボートヨバレ ホメラレモセズ クニモサレズ サウイフモノニ ワタシハナリタイ
雨ノィムォ ムァクェス゛ゥ 風ノィムォ ムァクェス゛ゥ 雪ノィムォ 夏ノォ 暑スァノィムォ ムァクェノゥ 丈夫ノァ クァルァト゛ァヲォ ムォチィ 慾ヲァ ノァクゥ 決スィトェ 瞋ルァス゛ゥ イツゥムォ スィト゛ゥクァノィ ヲァルァㇳトェ ヲィルゥ 一日ノィ 玄米 四合トォ 味噌トォ 少シィノォ 野菜ヲォ トァホ゛ェ アルァユゥルゥ クォトォヲォ ス゛ィホ゛ゥンヲォ クァンシ゛ォウノィ 入ルェス゛ゥノィ ユォクゥ ムィクィクィスィ ヲァクァルィ スォスィトェ ヲァスゥルェス゛ゥ 野原ノォ 松ノォ 林ノォ 蔭ノォ 小スァノァ 萓ホ゛ゥクィノォ 小屋ノィ ヲィトェ 東ノィ 病気ノォ クォドムォ アルェホ゛ァ 行ㇳトェ 看病スィトェ ユァルィ 西ノィ ツクァルェトァ 母アルェホ゛ァ 行ㇳトェ スォノォ稲ノォ 朿ヲォ 負イ 南ノィ 死ノィスァウノァ 人アルェホ゛ァ 行ㇳトェ クォヲァク゛ァルァノァクトェムォ ユィイトォ イフイ 北ノィ クェンクヲァユァ スォシォウク゛ァ アルェホ゛ァ ツムァルァノァイクァルァ ユァムェロォトォ イフイ ホィト゛ェルィノォ トキィヲァ ノァムィト゛ァヲォ ノァク゛ァスィ スァムゥスァノォ ノァツゥヲァ オルォオルォ アルクィ ムィンノァノィ ト゛ェクノォホ゛ォオトォ ユォホ゛ァルェ ホォムェルァルェムォ スェス゛ゥ クゥノィムォ スァルェス゛ゥ スァウイフウ ムォノォノィ ヲァトァシィヲァ ノァルィトァイ
Amenimo makezu Kazenimo makezu Yukinimo natsuno atsusanimo makenu Joubuna karadawo mochi Yokuwa naku kessite ikarazu Itsumo sidukani waratte wiru Itsnitsini genmai yogouto Misoto sukoshino yasaiwo tabe Arayuru kotowo zibunnwo kanjouni irezuni Yoku mikikisi wakari Sosite wasurezu Noharano matsuno hayasino kageno Tiisana kayabukino koyani wite Higasini byoukino kodmo areba Itte kanbyousite yari nisini tskareta hahaareba Itte sonoineno tabawo ofi Minamini shinisauna hitoareba Itte kowagaranakutemo yiito ifi Kitani kenkwaya soshouga areba tsmaranaikara yameloto ifi Hiderino tkiwa namidawo nagasi Samusano natsuwa orooro aruki Minnnani deknobooto yobare Homeraremo sezu Kunimo sarezu Sauifu mononi Watashiwa naritai
一部に古典的 歴史的仮名遣いが 用いられた この文をローマ字式に記述すると、いくつも興味深いテーマが含まれていることに気づかされます。
「言う」は古典では「イフ」であり、また発音は「い」と「う」が混じり「ゆう」のように されますが、これは字音一致、また語幹を活用してはならないという規則から現代仮名遣いでは「いう」に改められました。
また活用で未然形の時に「いわない」となりますが、現行の五十音にはワ行(ワヰウヱヲ)が廃止されているために変則的な活用が発生します。(いわない/いいます/いう/いえば/いおう)
これが イフ
の2字を合字として その中間の音とすると、イフア
/イフイ
/イフウ
/イフエ
/イフオ
の
規則的な五段活用を形作ることができます。
日本語の世界で かつての 古典仮名遣いがどう発音されていたかは 録音もなく あくまで 伝来元の外来語や 聞き違いの事例を文献から探し当てるくらいしかなく 大変難しいことですが、子音と母音を分解する記法をベースとすると、その考え方の幅が随分と違ったものに見えてきます。
すなわち 「イフ」 = 「いう」という古典語の置き換えを、イウ
・イフウ
・イゥウ
・イホゥ
・イフゥ
・ユィウ
の いづれに割り当てるべきかと言うヴァリエーションが生まれることとなります。
昭和平成仮名遣いにおいては「フ」は fu
の 発音と 同等と するのが 普通ですが、用いる文字群を改めると そこに新たな発音の認識が広がるのです。
またイ
は、子音 y であるという解釈もできます。そうすると、ユフゥ
と書くこともできます。これは日本語に二重子音 “yfu” に相当する単語があるということにもなります。
他に「ケンカ」は原文で合拗音の「ケンクヮ」が使用されていますが、これにはローマ字のkwa
に合わせてクヲァ
をここでは当てています。先に述べている拗音の考えかたを踏襲するなら、他に例えば コァ
や カァ
などの予備の文字を使用することも考えられます。
こういった問題は現在の日本語の記法が 疑う余地なく正しい金科玉条であると言う認識に立てば、すでに決着がついた議論を 再燃させる まさにパンドラの箱のようなものですが、現代の記法はあくまで成長過程のものであるとするならば、改めて見直す価値のあるテーマといえるでしょう。
カナとは何なのか
このように ローマ字の規則を使って子音と母音を分解した上で、文字を組み立て直してみると、日本語そのものと外来語に絡む様々な問題を解決する1つの糸口を つかむことができます。
元来 カナというものは、漢字という中国の文化を 日本人にとって読みやすくし、知識を広く普及しやすくするためのものでした。
難しい漢字で書かれた 学問や律令(法律)は いかに優れていても 人々が簡単に読むことができず、人々を正しく導くことができません。
また反対に 民間の中から優れた知識を集めて活かすにも、文字を理解しあえる狭い範囲になってしまいます。
それを解決するために、小さい子供の時から簡単なカナを学ばせることで難しい字を学ぶ入り口としてきたわけです。
近年 日本国内には 漢字圏以外からの 外国人労働者も多くなっていますが、適切に彼らの言葉の 読み方を伝えられず、名前を呼ぶこともできない ものだと したら、それはカナでありながら カナの役目を果たしきれて いません。
その解として、現在は 英語教育を早期に取り入れ、いたづらに文字種を増やすという倍増加が先行しています。これでは子供が 混乱するばかりで、どちらか言語の知識が中途半端になる恐れがあります。教える教員や親の側も、余分に時間や教育費がかかることにもつながってきます。
根本に戻って考え直すことがあっても良いのではないでしょうか。