“虫” 「むし」は そのまま訓読みの普通名詞、
“無視” は「ムシする」と言うことのできる動作性名詞、
“無私” は私的な事由を排するという意味を持つ 名詞または ナリ・ナ形容詞の語幹です。
この3つは使われる文型が重ならないので、それなりの文の長さがあれば正しい文字が推定可能です。チャット系の短文志向のツールの場合や、口頭での表現で問題が起こりうる組み合わせです。
“無視”と“虫”は 「アレはムシだな」というような表現がされると この「アレ」を何と解釈するか状況により揺らぎが出て、悪意ある表現に化けてしまいます。「アレ」はふつう人以外の物を指しますが、人をモノのように荒く扱う言い方でもあります。何らかの人的課題が起きた場合に「その件は自分たちの対応不要な課題だ」という意味のつもりが「彼らは虫のように知能が低い者だ」と言っているとも受け取れるわけです。
“無視” は ひどく多義的に氾濫した単語で、「存在しないものとして扱う」という抽象的な意味合いから、「課題として取り扱わない」「仲間外れにする」「質問に対して応答しない」「嫌なことがあっても気に留めない」など 具体的なアクションとしては様々です。オールマイティで、言葉の引き出しが狭い若年者にも 使いやすいですが、そのときどきによって 最適な言い換えの幅が広く、別の語への言い換えはそれなりの知恵を必要とします。
“虫” は「本の虫」とか「仕事の虫」といったように、あるものに対して強く熱心に取り組む人の様子を たとえて言う単語でもありますが、それは同時に “無私” で行動することとも重なることがあります。「新市長の働きぶりはまさにムシそのものである」と言うような文で、正しい漢字変換の推定は かなり難でしょう。
“無私” と “無視” では 無
の字が重なっています。虫
とは無
の字の発音を 少し動かせば ひとまず回避は可能です。無
の字には “無事”(ブジ) や “傍若無人”(ボウジャクブジン) などのように「ブ」の読みがありますから「ブシ」と読むこともできます。しかし「ブシ」だと “武士” と重なってしまうのでこれだけではうまくいきません。
無
の字は 假借とよばれ、もともとこの音にあたる文字ができる以前に音だけ同じ他の字をとりよせて代用したものです。舞
の字の音と上部が同じで、ヒラヒラした袖のある衣装や布を持って舞い踊る人の様子を表したものであり、その字形は直接 “無” の意味を表していません。中国簡体字では无
(ウウ:wu2)ですが、これもその象形の簡略化です。無
の字形を用いる限りは舞
や他の撫
や蕪
などと音を変えてしまうと分かりにくくなりますが、もし无
をもちいれば、必ずしも「ム」や「ブ」に こだわる必要が なくなります。
また無
に代わる字で亡
という字もあります。これは折れた刃物を表し 力を失ったということを示しています。“無力” や “無学” などの単語なら “亡力” と書いて「もうりき」とか “亡学” としてしまうようなことも考えられます。じつは無
の字にも「モウ」の読みがあり、この音は広東語や 中国での “南無”(nāmó) など一部の古音として見られます。
これら総合すると、「ムウ」「ムン」「ブウ」あたりの音にずらすと中間的な音となって比較的自然な音の変化を取りつつも、同音衝突をおおむね回避できます。 たとえば “無視” をムウシ/ムンシとできるほか、“鞭”(ムチ)と ぶつかる “無知” を「ムンチ」、“向こう” と当たる “無効” を「ムンコウ」、“向き” との “無期” を「ムンキ」、“夢想”との“無双”を「ムンソウ」などが回避できます。
“無視” と “無私” を分けなければならない局面は多くはないですが、視
は1音で熟語も多く、“可視”vs“歌詞” や “既視”vs“棋士” 、“視界”vs“司会”vs“歯科医”、“視聴”vs“市長”vs“試聴”、“視覚”vs“資格”vs“四角”vs“死角” など衝突があちこちで起きている字です。この字に関しては「チェ」や「シェ」あたりの現在の日本語漢字音読みで使わない音を用いれば有効です。
視
の 偏の礻
(しめすヘン) は カタカナのネ
と 勘違いされがちですが 示
の変形したもので、同時に音も共通する会意形声字です。が、示
が主に「ジ」と読まれやすい上に、形が違うということもあるのであえて音を揃えに行く必要性は薄いでしょう。
虫
に関しては「けむし」とか「いもむし」とか他の日本語の成分としてもよく現れる活用しない単語であるため、下手に音を変えると悪影響が置きます。やるなら居る虫だから「居虫」、生きている虫なら「生き虫」、何かに住み着くなら「棲み虫」とか和語同士の結びつきで補うのが適当です。たとえば「引っ付き虫」「泣き虫」「金食い虫」「おしりかじり虫」などが すでに固有の複合語として ありますが、前にある動詞の連体形が 続く語の普通名詞らしさを 誘導しています。
英単語の「ワーム」や「バグ」や「ビートル」あたりを使うと、これらは基本英単語のうちなので 状況によっては利用可能でしょう。