“菓子” “歌詞” “下肢” “瑕疵” “可視” は それぞれ名詞、“貸し” は 動詞からの連用形名詞です。“貸し” を除いて、「カ」と「シ」の カナ1音の字2つからなる熟語で、すべて違う漢字が使われています。
“菓子” “歌詞” “下肢” “瑕疵” は すべて名詞ではありますが、“下肢” “瑕疵” は 使用頻度はあまり高くありません。その専門の人はよく使用するかも知れません。“菓子” “歌詞” “貸し” に関しては比較的誰でも使用する単語と言えます。
“菓子” は お
を 付けて「お菓子」ということの方が多いかも知れません。菓子のまま使われるのは “菓子類” とか “菓子製造業” “綿菓子” など 何かの漢字熟語の一部になるときです。
“可視” は “可視光線”、“可視の情報” のように別の語に接続して形容するタイプの名詞です。“黒” とか “青” など色の名前などと似たような性格を持ち、場合によっては「可視い」などとも言えるかも知れません。
“瑕疵” は 何らかの商品や資産を売買したときに不具合があることを言います。“瑕疵担保” や “瑕疵物件” などの熟語を構成することが多いですが、“瑕疵がある” というセットで表現されることもよくあります。ここで、“貸し物件” “貸しがある” という言い方があることから “貸し” と衝突が起こりやすくなっています。
“貸し物件” は “賃貸物件” などの言い換えは可能ですが、“貸しがある” は「恩がある」とか「債権がある」とか 言い方はあるかも知れませんが、言葉の重みが合いません。
“瑕疵” の瑕
と疵
は ともにキズと読む字ですが、常用漢字ではないので通常は使いません。これが使用されるのはこの単語が 法律用語として生きているからです。逆に言えば 特殊な読みに変更しても影響が限定されるということでもあります。
瑕疵
瑕
は音読みでは「カ」しかありません。瑕
は叚
を含む会意形声字で、他には暇
霞
蝦
などがあり、音は共通しています。常用漢字としては暇
が「ひま」として使われるだけで、霞
は「かすみ」として地名などに、蝦
はエビを意味するので 乾焼蝦仁など中国料理名で まれに見られる程度です。「カ」から変更する場合、形声字は揃えておくべきとすれば、“余暇” や “休暇” などわずかに影響があることになります。
この字は他に考えるなら、中国普通話の音を借りれば「シァア (xia2)」のようになります。蝦
と同じ読みになるので これを知っている人には違和感がないかも知れません。
疵
は やまいだれ疒
の 中に此
を含む会意形声字です。紛らわしいですが此
は比
と違い、左側が止
になっています。疪
という字もありますが、これとは別です。此
と疵
はどちらも常用漢字ではなく、特殊な読みでも影響が出にくいのですが、 音が「シ」で止
と共通しているとなると、そろえておくのが好ましいと言えます。ただ此
は “此の” “此れ” “此奴” “此処” など「こ」の読みでしか使われることが ほぼなく、唯一「彼岸と此岸」の対になって仏教の用語で現れるくらいです。必ずしも 維持することでもありません。
止
は日本語でこそ「シ」ですが、中国語読みを頼ると「チー」や「ツー」とか言った具合の 無声無気音(zhi3) で、対して疵
は「ツー」(ci1) という具合での有気音に属し 声調も異なります。
“瑕疵” は 中国語でそのまま使うことができ、「シャアツー」(xiaci) のような音になっています。
動詞 “貸す” の変形
“貸し” は この語群の中では唯一の和語で、動詞の “貸す” から派生した連用形名詞です。“貸します” とする場合の一部が切り取られたのが名詞として使用されているものです。
“足す” から “足し” や、“話す” から “話し” が あるのと同種のパターンですが、これらの単語は 語幹 + (ァ)ス という形になっています。
この形には、 “たす” には “足りる” (古語の “足る”)、“はなす” には “離れる” (古語の “離る”) という 作用を与える/受けるという 関係を持つ それぞれ対の動詞があり、”貸す” にも “借りる” (古語 “借る”) という似た関係のものが あります。
このとき 被作用の動詞は「〜る」から「〜りる」「〜れる」のように「る」の音を重ねるという時代変化があるのに対し、「〜す」の方にはありません。そこでもし この変化を「〜す」の方にも適用すると、“貸す” は “貸しす” “貸せす” “貸しる” といったような別の和語が生じていた可能性が考えられます。
“借りる” の連用形が “借り” であり “借りり” ではないのですが、仮にそのような言い方もあるとすると、“貸しす” なら “貸しし”、“貸せす” なら “貸せし”、“貸しる” なら “貸しり” ということもできるかも知れません。“誹り” や “走り” とも似ているので自然に使えそうではあります。 ( “はしる” の 語は平安時代 蜻蛉日記に登場して極めて古く、「はす」とは関係ないという見方もできるのですが、“師走” や 地名で “馬走” “矢走” “千走” などがあります。これらは 漢字のほうが後付けで、“馳す” や “果つ” の混用の可能性もあるものの、漢字をあてた一時代「はす」=走
と認知されていたものと考えられます。)
菓子
菓
は果
に艹
が 乗っかった字で、元々果
と同音同義です。果
は「はてる」の意味があり多義化しているのに対し、菓
は 草かんむりを 付けることで 果実の意味を強めた文字で「くだもの」という訓読みもありますが、実際には “果実” “果汁” “果肉” “果樹園” など あきらかに くだものの意味は定着していません。もっぱら 人が手を加えた甘味に対して用いられ、その意味では 人の手先や爪を意味する⺤
や工
を用いるほうが適していそうですが、不思議な状態にある字です。
菓
が果
と一体であり、日本語での発音は「カ」のみです。ただし古くは合拗音の「クヮ」で、中国語読みでも「クゥオ」(guo, gwo) のような形です。すなおに対応するなら もとに戻して「クヮ」もしくは 出力しやすい「クァ」が最短候補になります。
「クァ」の問題としては、“結果” や “成果” など 語末に来たときに分かりにくさがあります。その点でいうと はっきりと「クワ」や「クオ」あるいは「クヮウ」の方が聞くには便利です。とはいえ 漢字変換の目的であれば聞き区別することは必要ありません。ローマ字入力ならqa
やkwa
と入力できればよく、手間の差はほぼありません。
子
については 音読みは通常「シ」ですが、“様子” “扇子” や “附子” “茄子” など、いくつかの単語では「ス」の読みが使用されます。「シ」は “男子” “女子” “弟子” などヒトのことや、“電子” “原子” “演算子” など付帯する小さなものを言います。“菓子” の子
が「シ」と読む理由は明らかでなく「ス」でも良いのですが、「カス」だと別のものに聞こえるので 問題があります。ですが菓
を「カ」と読まない限りは どちらでも問題はないです。
歌詞
“歌詞” の歌
は音読みで「カ」と読み、可
を含む形声字です。この字はどちらも合拗音ではないので「くゎ」とか読みはしません。
他に訓読みで「うた」とも読むことはできます。この「うた」には他に唄
詩
の字が使われることもあります。歌
と他の字が意味的にどう違うかは明確ではありません。唄
詩
のほうが意味が狭いようですが、“和歌” “応援歌” “歌人” “歌舞伎” “歌謡曲” “歌劇団” “国歌” “四面楚歌” など かなり幅広いジャンルをカヴァーしています。
詞
の方は「シ」の音読みを持ち、司
を部に持つ形声字です。司
は “下司” など ごくいくつか「ス」と読む例があるものの、基本的には「シ」です。
詞
には熟字訓も いくつかあり “祝詞” や “台詞” があるほか、“掛詞” “枕詞” のように「ことば」と読むケースもあります。「のりと」は 宣り言 または 宣り音 といったもので 概ね ことば を意味します。「せりふ」については 歌舞伎や能楽 のあたりに原義があるとされ、“競り言ふ” からくるとされます (タイポグラフィにおける爪の有無を言う Sans-Serif とは無関係です)。
1文字しかない「と」はあまり「シ」と比べて同音回避に役に立たないですが、あからさまな和語が語頭に来る分にはそこそこ使いやすいものです。「うた」に同じ音読みの言葉がないですから、“うたいと” などはごく自然です。“うたと” では「歌とがある」のように 助詞の「と」と判断されてしまうので 使えません。つまり動詞連用形に続く必要があります。