今年の字

今年の漢字

毎年 年末の時期になると、その一年を振り返って、文字で表すという行事があります。

その代表としておそらく一番多く取り上げられるのは「今年の漢字」でしょう。これは日本漢字能力検定協会による漢字の普及を狙ったキャンペーンで、テレビや新聞などでも多く取り上げられます。

2020年を表す漢字にはが選ばれました。これは某知事の発言でも多く上がった「三密」という古くて新しい造語や、密室政治などがイメージとして上がったとされます。

2位として上がったのがです。“災禍(さいか)” などの熟語で使われる語ですが、2020年は なぜかこれが コロナウイルスと結びついて“コロナ禍”(か)という謎の複合語が生まれました。

この字は訓読みで「禍々しい(まがまがしい)」や「禍い(わざわい)」として使うことができますが、これは常用漢字の読みではないので訓読みを公共の場面で用いる時はフリガナが必要です。

漢字一文字で表そうという試みは、知的なパズルのようで面白い面もありますが、このを一発で正しく読むことができた日本人はそれほど多くはありませんでした。

海外のニュースや映像から情報を得る人々をはじめとして、“パンデミック” “ロックダウン” “オーバー シュート” のような英語をルーツとしたカタカナ語も同時に多く流入しましたが、日本ではこれを無理繰りに訳そうとするも、全ての人に伝わる適切な漢字が無く うまく割り振りができていない様が浮き彫りになって来ているとも言えます。

“コロナ禍” は “コロナ災禍さいか” とか “コロナ疫禍えっか”とでもすればもう少し区別しやすい言葉になるところが、だけを持ってきたせいで “コロナ課” や “コロナ下” や “コロナ化” などと音として紛らわしく、情報効率の悪い漢字の使い方になってしまいました。

の字の使いにくさは、古くは合拗音の「クヮ」(kwa)だったものを、かつての現代仮名遣いの制定時に音を捨て1拍の「カ」(ka) としてしまったことが問題の入り口にあります。

ですから歴史的にも効率的にも どちらで考えても マズい漢字の例にあたるのですが、そこまで踏み込んで説明されているケースはほとんどないでしょう。

「今年の漢字」は漢字を考える機会を与えるという意味で大きいのですが、単なる記号の人気投票に終わらせてしまうのはもったいないことだと思います。

今年の新語

日本語の文化で、漢字だけではなくもっと広い視野で見えるものとして注目したいのは辞書の三省堂が手がける「今年の新語」です。

2020年の1位は「ぴえん」が選ばれました。

大泣きの「うえーん」「わーん」でもなく小泣きの「しくしく」でもなく中間の意味を表す感嘆詞・副詞と解説されます。

絵文字で半泣き状態を表す「🥺」をセットにして単語のニュアンスをより明確にするやり方もありますが、ぴえん単独で市民権を得てきています。

この単語が何年生きるかどうかは疑わしいところではありますが、日本語の音の流れに無いところを突くというテクニックは極めて巧妙です。

「ぴえん」で漢字変換して他の語と衝突しませんし、予測入力でも“ピエロ” や “ピエール” などという語はあっても あまり使わないということもあり選択肢からは候補圏外へと除外できます。その意味で独立性が高く、打ち言葉として優れています。

たとえば「しくしく」では2字打った「しく…」のタイミングで「しくじる」、「しくみ」「敷く」「市区町村」などが現れる可能性があり、入力効率が良くないからです。

音として良くても入力しづらいと流通に問題が生じるわけです。

そういう点では4位に挙げられている「リモート」も秀逸です。

頭の「リモ」 の段階で「リモコン」「リモデル」くらいしかないので、略語として例えば「リモート ワーク」を「リモワ」、「リモート飲み会」を「リモ飲み」のようにして略しても他の単語と衝突を起こしません。

似たような文脈で「オンライン〇〇」とか「ネット〇〇」という言い方もありますが、これだと発音と字数の長さで常用には不便であるため「遠隔」という語句が使われる傾向があるわけですが、仮に「リモ」が一般化すると 勝ち目はありません。

これらの単語は漢字の読みの偏りの隙を突いてきています。漢字発音が旧態依然で昭和の時代からいっこうに調整されずにいるあいだに、発音改良に必要な “音の領土” を段々と占領されていると言い換えられるかもしれません。

今年の顔文字

発音できるものではないので日本語の一部と考えるかどうかは定かではありませんが、これもまた日本の特殊な入力事情が生んだ顔文字というものがあります。

英語圏では (:pのような横に寝た顔文字しか元々無いですが、入力変換(IME)が常用される日本では単語登録機能を利用して多様な顔文字があります。

絵文字対応機種と環境が増えた今では あまり使うべき理由は無いですが、写真やイラストと違ってデータ容量も少なく、組み合わせの妙技の面白さもあって、一部で根強い人気があります。

百度(バイドゥ)が提供しているSimejiアプリは そんな顔文字を簡単に入力できるスマホアプリの1つで、同社もまた「今年の顔文字」として顔文字のランキングを公開しています。

2020年の1位にはこちらも「ぴえん」に相当する( ᵒ̴̶̷᷄꒳ᵒ̴̶̷᷅ )が選ばれました。

こんな顔文字を変換無しに入力するのは ほぼ不可能ですが、アプリや辞書があれば非常に簡単に文中に入れ込むことが可能です。

「今年の新語」と比べると利用者の特質がやや異なるとはいえ、1位になるものが同じというのは今年の世相がいかに特殊で衝撃的であるかを語っていると言えそうです。

なお顔文字を入力したいだけであれば、キーボードアプリをインストールすることは必須ではありません。

標準のキーボードでもそのためのキーはありますが、他に「かお」と入力して変換するだけでもいろいろなものが出ます。

それ以上に何か付け加えたいなら漢字変換辞書を整理すれば良いです。
iOSの場合Androidの場合

iOSの場合、Macがあればですが、辞書ファイルをMac PCで読み込んで一括登録し、これをiCloudなどで同期させると大量登録が可能です。
https://news.mynavi.jp/article/20200107-ipadiphonehacks/

今年の何語?

さて、こうして見ていくと、どこまでを日本語としてどこからが日本語でないのかというのが曖昧に見えてきます。

顔文字などは文字というよりは「絵」ですが、アルファベットで使用しない記号も含まれているため、日本語か、または中国語のピンイン以外の入力法では成立しません。

またそれぞれの顔文字は表音文字ではなく表意文字であるわけですから、漢字と同じで極めて「日本語的」な世界です。

各社、それぞれの立場で、自社製品の利用者を増やそうという狙いがあり、他のタイプの表現が広まることは素直に喜べないかと思います。

日本語がカタカナ語や絵文字や顔文字だらけになったら、漢字能力検定協会は存在意義がなくなってしまいます。

それでもカナも顔文字も日本の文化であり、優れた部分がそれぞれにあります。かつて日本人は漢字を崩してカナを生み出し、濁点という記号を付け足したりして改良を重ねてきました。これから日本語の文字表現が行き着くべきところは特定の字種に限らず、それぞれの領域の合わさるところにこそ あるのではないでしょうか。

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