「シ」と「フク」の読みを持つ2つの漢字の組み合わせから成る 熟語同士の衝突です。
「シ」に私
至
紙
仕
雌
の5種、「フク」に服
幅
福
伏
が 使われています。
一般名詞として日常で用いられるのは “私服” のみで、それ以外の単語は いづれも特定の単語と接続しやすい特性があります。
“至福” は 「至福のひととき」とか時間を表す語句、まれに「至福の笑み」など人物の容姿・振る舞いが 現れやすく、“紙幅” は「紙幅を割く」「紙幅を要する」のように空間に対する操作を示す動詞と接続しやすくなります。
“私腹” は「私腹を肥やす」が ほぼ成句で、まれに「私腹を満たす」という おそらく「私欲を満たす」からの転用が現れます。
これらを踏まえると 漢字変換ソフトが十分に賢ければ、それなりの字数がある状態で変換すれば正しく変換できそうではありますが、すこし組み合わせが違うとうまくいきません。「シフクです。」のように1語言い切り形では “至福” と “私服” の両方の可能性が排除できません。
“雌伏” は 力を蓄えながらじっとしている意味を持ちますが、これも「雌伏して好機を待つ」のような特定の文脈で現れる文語です。雌
は雌雄のうちメスの方を指す形声字ですが、卵を生み温める母鳥を表したものです。へんの此
は止
+人
で、その場に止まる意味を持ちます。ぱっと見は似てますが比
ではありません。
この単語は、オスメスに関する文字を含めて特定の行動特性を示していることから、あまりパブリックな場面では使いづらく、将来的には全く意味が理解されないかもしれません。
この熟語の2字の うち伏
は、“降伏”(ゴウブク) や “折伏”(シャクブク) など、一部古い語では 呉音の「ブク」が用いられます。よって古典の域に達しつつある “雌伏” については「シブク」にするのがちょうどよいでしょう。
服
を共通に持つ “私服” と “仕服” が あるので 私
と仕
は分けたほうが良いことになります。“仕服” という語が利用されるケースは かなり 限定されるのでこちらはそのままでも良さそうではあります。
仕
は特殊な漢字で “仕事”(シごと) “仕置”(シおき) “仕草”(シぐさ) のようにして、訓読みの漢字に接続する熟語を多く作ります。仕
は訓読みでは「つかえる」なので “仕事” は「つかえごと」でも良さそうですが、そうはなりません。漢音でありながら和語でもあります。士
と共通音を持つ形声字でもありますから、ヘタに音を変えるべきではないと言えます。
反対に私
の方は「わたし」の読みが広く一般的です。「わたくし」とも読みます。ここから “市立”と区別のため “私立” を「わたくしりつ」と読んだり、“私事”(シジ) を「わたくしごと」読むなど積極的に読み替えがされる傾向があります。
“私学”vs“歯学” や、“死刑”vs“私刑” など色々と衝突が多い文字であり、同時にこれと関連する形声字がほぼ無いことから、変更は有意義です。中国語の読みを頼っても「スー」か「シー」としかならないので、これに関しては「わたくし」から後ろをとって「クシ」を当てるのが覚えやすくて良いと思われます。
その他では “私部”(きさいべ) とか “私市”(きさいち) など地名があることから、「キサ」という訓を使うことも一応は可能です。后(きさき) に対する別字で あまりメジャーな用字ではありません。
“私腹” と “私服” については私
の字が共通するので、腹
と服
を読みを分ける必要が出てきます。
このうち 服
はほぼ「フク」の音読みしか用いません。“服部”(はっとり) など人名があり、これは「はたおりべ」から来たものとされ、服
を「はたおり」と読むこともできると言いますが、これでは意味が通じません。
反対に腹
は “腹部”(フクブ) “満腹”(マンプク)など音読みの場合と、“自腹”(じばら) “腹黒”(はらぐろ) など訓読みもよく使われます。よって私
を「くし」とし、“私腹” は「くしばら」のようにして読むのも一考です。
「わたくし」という語は 自分以外に対して使うケースがあまりなく、「私腹を肥やす」という悪い意味の表現にはあまり向いてないような見方もあります。文脈的に許される場合は「己(おのれ)の腹を肥やす」、文語的表現なら「自(うぬ)が腹を満たす」という言い方のほうが よりハマる場合もあるでしょう。
幅
福
は偏の部分が異なるものの、旁は同じ形声字であることから、この2つの音を別にすると覚えにくくなる可能性があり、避けたほうが良いと考えられます。
対して至
の方はと言うと、近い意味で用いられる致
の「チ」 の字とは音が異なっています。こちらは訓では「いたす」と読みますが至
と同じ「いたる」と読むこともまれにあります。この字は地面に突き刺さった矢を示しますが、夂
が付くと そのような状態を送り届けるような意味が加わります。これが会意字か 形声字か は字典によって異なりますが、中国普通話では どちらも同じ「ツィー」(zhi4)の音を持ちます。
紙
も四声(zhi3)は異なるもののカナで書けば「ツィイ」くらいのところで大差ないのですが、「シ」と読む氏
が共通するあたりから言うと どちらかといえば「シ」のほうが適していると言えます。
“紙幅” という語は 文字を見ても明らかなように 新聞や雑誌など紙ベースの出版で 長文を書く際に使う単語ですが、PCや スマホが ベースのデジタル ネイティヴ世代では そもそも意味が 伝わらない可能性があります。“スペース” とか “ページ” 、漢字が良ければ “別稿” “文量” など別の表現にしたほうが良い可能性があります。