動詞「来る」は、日本語の中ではカ行変格活用という活用をする唯一の単語です。
すなわち以下の形です。
こ(ない)/き(ます)/くる/くる(とき)/くれ(ば)/こい
「くる」の同音は2つしか無いのでそれだけでは衝突は少ないのですが、「来た(きた)」では「着た」、「来ないです(こないです)」は「庫内です」、「来ようと(こようと)」は「雇用と」、「来れる(これる)」は「凝れる」のように、その変則的な活用ルールが思わぬところで出現するオバケのような存在です。
また歴史的文語では「来る」は「こ」の1字で表記されています。
古語での活用はこうなります。
こ/き/く/くる/くれ/こ・こよ
今も昔も、他の単語のルールに当てはまらない特殊な存在ということです。
「来る」という単語は おそらくは日本語というものが体系づくよりも はるか太古の昔から 存在した 原始的言語で、日本各地で様々な発祥を持っていると推察されます。
特に 否定表現の「こない」に ついては 「こやん」「けーへん」「きぃひん」「きやらん」「けん」「こん」などなど 一定の法則で説明不能な様々な方言があります。
つまり現代語における カ行変格活用というものも、あくまで それを制定した当初の 関東弁・あずまことば を基準とした1つの指針であり、実態として正しいか、優れているかは一概に言えません。
古典における「来」=「こ」という対応関係についても、現存する資料からの推察で、実際にどのような発音であったかと言えば 録音が無いので 確かではありません。
今は 日本語で使われなくなった合拗音(クォ・クヲ)や、昔 存在しなかった表記の「きょ」や「くょ」のような発音であったり、カナで説明不能な子音が先行して gko や nkoのような特殊な発音がされていたかもしれません。
( “上着”・“裏切る”・“勘繰る“ のような カ行の動詞に よくある連濁を起こす複合語をほぼ持たないのも特徴的です。)
ここでは これを自由な発想で 他の単語のルールに合わせて考えてみます。
現代語と古語の両方で活用に未然形に「来ぬ(こぬ)」、命令形で「来よ(こよ)」が あることは、語幹にこ
を使用するモチベーションになります。
き
やく
は「着る」「切れる」「消える」「繰る」「暮れる」「食う」「食える」「燻る(くゆる)」や「悔いる(くいる)」などとも ブツカりやすく、使いにくさには大差ありません。
しかし「こ」の周辺はガッチリ埋められていて、これも容易ではありません。
「こ」に「る」を付けると「凝る(こる)」、
「こ」に「する」を付けると「擦る(こする)」、
「こ」に「す」を付けると「越す(こす)」、
「こ」に「う」を付けると「乞う(こう)」、
「こ」に「む」を付けると「混む(こむ)」、
「こ」に「ぐ」を付けると「漕ぐ(こぐ)」、
という具合です。
下一段活用で「超える」「肥える」(こえる)などもあり、こことも重ならないようにすると、次のような候補が浮かび上がります。
こゆ
+ラ行五段活用
こゆら(ない)/こゆり(ます)・こゆろ(う)/こゆる/こゆれ(ば)/こゆれこや
+ラ行五段活用
こやら(ない)/こやり(ます)・こやろ(う)/こやる/こやれ(ば)/こやれこ
+ヤ行五段活用
こや(ない)/こユィ(ます)・こよ(う)/こゆ/こイェ(ば)/こイェ・こよ
く
からは次のようなものが 挙がります。
く
+スル(サ行変格活用)
くし(ない)/くし(ます)・くそ(う)/くする/くせ(ば)/くしろくよ
+ラ行五段活用
くよら(ない)/くより(ます)・くよろ(う)/くよる/くよれ(ば)/くよれ
こ
+ヤ行五段のあたりは、長い日本語話者であれば無理やりに感じられる表現ですが、子供が近くにいれば聞きおぼえがある方もいるでしょう。「こよう」は「来よう」として現状と同じですし、自然な発音であるとも言えます。
ヤ行のイとエは日本語においてはその文字が古く滅びてしまったため表記が不自然ですが「イェーイ」のような発音で使用される現代人がよく知るものです。
しかし 現状ではカナの改訂無くしては文字が無い以上 それに近い別のところを使う方が近道で、その意味ではこゆ
+ラ行五段 は「こゆる」が「くる」の発音と比較的近いこともあり良い候補となり得ます。
スルの活用はサ行変格活用として"変格"の名がつきますが、現代の日本語では「食事する」「お話しする」「チェックする」など動詞系名詞とつなげたり敬語としても使うことが多く、最もポピュラーな表現です。これに「く」が付くだけと考えると極めて学習しやすいものと言えます。
“繰る” に関しては “繰り出す”(くりだす)・ “手繰り寄せる”(たぐりよせる)・“繰り越す”(くりこす) など特定の表現でよく使われ、単独で使われるケースはそう多くなく、そのままでも あまり問題ないと考えられます。
“来る”との衝突回避で言えば “暮れる”(くれる) の逆方向にイ段に寄せ “繰りる"(くりる) あたりの “降りる”と同じラ行上一段活用だとあまり影響なく使用できると考えられます。この場合 “繰り出す” は “降り始める” のように連用形で同じ形のため 別の動詞を後続させる限りはそのまま使用することができます。