日本語の50音表で かきくけこ のことを、カ行と呼びます。
タ行の混乱ほどではありませんが、こちらにも いくらかの混乱があります。
現在のローマ字では、訓令式もヘボン式もともに、次のような書き方になります。
カ | キ | ク | ケ | コ |
ka | ki | ku | ke | ko |
この表記は子音字であるkに 母音の a
i
u
e
o
が合わさって、とてもシンプルな構造になっています。
ところが、よくよく発音時の口型(口の形)を観察すると、奇妙なことにキ
の音だけが舌の位置が異なっていることがわかります。
「キ」の音を発音するときの舌の位置は、カクケコの4つが軟口蓋という上あごの奥の柔らかい部分に接するのに比較して、前方の硬口蓋(上あごの硬い部分)に近い部分にあります。
「キ」の舌の位置のままa
u
e
o
の母音をつけると、「キャ」「キュ」「キェ」「キョ」という別の行の音になってしまいます。
もし音に忠実に書き表すなら、カキクケコのローマ字表記は次のように整理されなければならないわけです。
カ ka | クィ ki | ク ku | ケ ke | コ ko |
キャ kya | キ kyi | キュ kyu | キェ kye | キョ kyo |
似たようなことは実はサ行にも当てはまります。
サ sa | スィ si | ス su | セ se | ソ so |
シャ sha(sya) | シ shi(syi) | シュ shu(syu) | シェ she(sye) | ショ sho(syo) |
サ行の「シ」についてはヘボン式を用いる限りにおいてはsi
ではなくshi
と書かれます。
これに a
u
e
o
をつけるとサと同じ行に無いことが分かり、この違いは比較的広く認知されているでしょう。
現在の「キ」の音を強いてki
とkyi
に分ける必要があるのかといえば少し疑わしい部分はあります。
たとえば「機会」と「奇怪」、「気になる」と「機になる」と「木になる」を区別することができるようにはなるかもしれませんが、この2つの音を聞き分けるのは簡単ではありません。
もしそれができるのであればshi
と同様に、kyi
もローマ字表記として異なっていたはずです。
「キェ」という音については日本語にヤ行のエが存在しない(削除された)ため、せいぜいマンガなどで妖怪の奇声とか限られた範囲でしか用いられませんが、「キャ」「キュ」「キョ」の3つについては “脚色” “急用” “共同” などのように第1級の日本語発音要素です。
したがってキ
の1文字のためにタ行のように一行を新たに追加するほどのことかと言うとあまり利便性につながらない可能性があります。
ただし、ローマ字についてはshi
がそうであるように、 kyi
あるいはkhi
という音の違いを明らかにするための表記が存在しても良いかもしれません。
もっとも、複数の記法が存在することは混乱の元であり、言語的強さの観点からはマイナスです。
どちらかと言うと現行の「キ(kyi)」の発音をするものとして「キィ(kyi)」表記を用い、「鬼」や「奇」など比較的 負のイメージを持つ漢字に対してこの読みを当てる方が良いかもしれません。
そうすれば奇声と規制と帰省と寄生、鬼門と気門、奇数と基数、四季と屍鬼など、漢字変換における書き分けができると言う用途が生まれてきます。
割り当て先が負のイメージを持つものは、日常で積極的に使うものではないので特殊な記法を用いても影響を軽微に済ませることができます。
「奇数」については学生が数学の勉強に不都合を生じるかもしれませんが、このような単語はodd、even(偶数)のように国際的に通じる表記にした方が画数も少なくなり便利です。
このように影響が小さい範囲で済むように割り当て方をとどめながら、時代と共に人が記法と発音に慣れてきてから改めて考え直すようにするのがちょうど良いバランスと考えられます。
合拗音
日本語の「カ(ka)」の行の音に極めて近い音に、合拗音と呼ばれるものがあります。
“クヮ”(kwa)や “グヮ”(gwa) のように書かれ、舌の奥でノドの奥と くちびるの2つを同時にふさぎながら 「ア(a)」 の発声をすると ka と wa の混じった音になります。
例えば怪
や会
などが古くはこの音であり、国語辞典の中にも時々「かい/くゎい」のような併記で記載があるようなものがあります。
カイ
が付く単語には、「カイダン」では “階段” と“怪談” と “会談” と “解団” と ”戒壇”、「カイチョウ」には “快調” と“会長” と “階調” と “怪鳥” と “開帳” と “開庁” と “回腸”、「カイコウ」だと “開校” と “開講” と “開港” と “開口” と “開坑” と “海溝” と “海港” と “改稿” と “回航” と “怪光” と “戒光” と “邂逅”、のように、極めて多くの同音語が生じています。
話し言葉では通常アクセントやイントネーション(音の高低や大小)の付け方で同音語は回避するのですが、さすがにこれだけの数があると それだけでは区別不能です。
ここで合拗音をうまく使えぱこの問題をかなり軽減することができます。
カイコウのパターンなら 他に クヮイコウ・カイクォウ・クヮイクォウの4通りの書き方が考えられます。
音として聞き分けるのは慣れないと難しいかもしれませんが、少なくともコンピュータでの漢字変換については、これらを別の音を持つ単語として再構築した方が かなり効率が上がることが考えられます。
クォ に関しては ローマ字として書くなら kwo と書くことができます。本来で言えば 「クヮ」と同様に ワヰウヱヲ
を 小書きして使えれば良いのですが、ヮの他の文字は現在のUnicodeでは扱うことができません。このため 「クヮ」「クィ」「クゥ」「クェ」「クォ」のようにヮィゥェォ
という文字が使用されます。
鼻濁音
一般に カナの右上に点が2つの濁点゛
をつけることで濁音を表しますが、カキクケコ
に対する濁音ガギグゲゴ
と発音するものに対してもう1つ、半濁点゜
をつけてカ゚キ゚ク゚ケ゚コ゚
という発音および表記法があります。
これはガギグゲゴの発音を やわらく発音するために呼気の半分を鼻から抜いて発音する鼻濁音を表し、gとn の中間のような音になります。
特に歌手やアナウンサーや俳優などが用いるもので、特に「混合(コンゴウ)」や「考える(かんがえる)」など「ん」の次にガ行が現れる時に積極的に発音されます。
一般の人が好んで使うものではありませんが、無意識的にそう発音する人もいます。
発音記号としては良く英語のkingやhangなどnとgが続く語句でよく現れる ŋの文字を使って、ŋa、ŋi、ŋu、ŋe、ŋo などと表記されたりします。
日本語では この音を小中学校で教えたりはしないことになっていますが、NHKの「NHK日本語発音アクセント新辞典」などでは かなり細かく これを規定していたりします。
ローマ字入力で これを入力することは困難です。発音に即してngaとしてしまうと「ンガ」になってまうので gna gni gnu gne gno あるいは kna kni knu kne kno のよう綴りを 設定によって割り当てる必要があります。
かな入力ではか゜
と入力しただけでは自動ではか゚
には ならないので、そのような変換辞書を登録するなど一手間が必要になります。
スマードフォンの場合も濁点/半濁点のキーはあるものの、続けて打ってもか
/が
を繰り返すだけでか゚
には なりません。
このように大変に使い勝手の悪いか゚き゚く゚け゚こ゚
・カ゚キ゚ク゚ケ゚コ゚
ですが、存在を知っておくことは重要です。
東北や北陸ではこの鼻濁音を無意識的に使用する人が多く、「カギ」を「カキ゚」と発音し、これを誤って「カニ」と聞き違えてしまったためにトラブルを起こしたケースなども存在するそうです。
せっかく文字があるのですから、うまく活用したいところです。
例えば 「滋賀県」などは先のNHKルールに従うと「シカ゚ケン」となるのですが、この「シガ」と「シカ゚」を使えば「滋賀」と「歯牙」を区別することができます。
牙
の字は その意味 自体が尖ったものであるので、やわらかい「か゚」の発音よりも「ガ」の音の方が語感からしても適しています。
他にも 依願と胃ガンはそれぞれ「いか゚ん」と「いがん」のように、破裂音と鼻濁音を分けることにより 理解の助けになります。
別の活用法としては、助詞のが
を一律でか゚
にすることも考えられます。これはちょうど「〇〇を」と書くのと同じです。
もともと「わたしは」と書く時、は
の音は「わ」の音に変わります。ですから同じ理屈で言えば「わたしが」と書く時、が
の音が「か゚」の音に変化するのだと規定しても不自然ではありません。
この助詞に別の文字を当てるルールでは、「滋賀内です」と「詩か゚無いです」や、「1ギガある」と「一義か゚ ある」のような区別を可能とします。
耳に慣れないカ゚キ゚ク゚ケ゚コ゚の音を使うのならば、こういった文法上の特性に絡めた方が、漢字に対して新たな読みを設定するよりも導入へのハードルは低いと考えられます。
カキクケコの全て
カ行の派生をまとめると次のようになります。
カ ka | キ/クィ ki | ク ku | ケ ke | コ ko |
キャ kya | キィ/ケィ kyi | キュ kyu | キェ kye | キョ kyo |
クヮ kwa | クィ/クヰ kwi | クゥ kwu | クェ/クヱ kwe | クォ/クヲ kwo |
ガ ga | ギ/グィ gi | グ gu | ゲ ge | ゴ go |
ギャ gya | ギィ/ゲィ gyi | ギュ gyu | ギェ gye | ギョ gyo |
グヮ/グァ gwa | グィ/グヰ gwi | グゥ gwu | グェ/グヱ gwe | グォ/グヲ gwo |
カ゚ gna/kna | キ゚ gni/kni | ク゚ gnu/knu | ケ゚ gne/kne | コ゚ gno/kno |
キ゚ャ gnya/knya | キ゚ィ gnyi/knyi | キ゚ュ gnyu/knyu | キ゚ェ gnye/knye | キ゚ョ gnyo/knyo |
ク゚ヮ/ク゚ァ gnwa/knwa | ク゚ィ/ク゚ヰ gnwi/knwi | ク゚ゥ gnwu/knwu | ク゚ェ/ク゚ヱ gnwe/knwe | ク゚ォ/ク゚ヲ gnwo/knwo |
聞き分けられるのかという問題は 一旦置くとして、鼻濁音の合拗音まで含めると9行×5段で45種類にもなってしまいます。
普段日本語では区別しないようなものも、意識して分けると使っていない文字の組み合わせがあるということが よく見えます。